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サキヒットベー♪
 このブログは、昭和36年3月に宮崎県小林市の中学校を卒業した、同級生146名の近況報告をはじめ、同級生同士の情報交換や同窓会開催連絡、昔の思い出などを語り合うためのものです。総ての記事は同級生からの投稿で運営していきます。ブログ記事の文字を大きく表示して見易い画面フォーマットに変更しました。パソコン画面を横に広げると、ブログ記事も横方向に広がり、1行当りの文字数が増えて読み易くなります。【平成27年3月23日】




歩き遍路は前回終わった所から歩き始める。(其処まではバス移動)
11番札所『藤井寺』から歩き始めた。
寺の裏からすぐ上り坂になり山の中へと入って行く。
回を重ねる毎に遍路仲間との会話も弾むが今回はその余裕など無い。
登山道のような遍路道は皆寡黙に成りひたすら登っていく。道は次第に狭くなると同時に阪もきつくなってくる。
出だしは快調だった。私より年配の人の後ろを時々押しながら登った。

ところが途中休憩してさて立ち上がろうとした時、私の体に異変が生じた。
体全体が重いような、真綿で縛られているような、何とも奇妙な不気味な違和感に襲われた。
「どうしよう どういう事だろう」何の前兆も無かったのに、もう歩けないかもしれないと一瞬思った。
「私、なんだか体がおかしいです」と先達に告げると、「持ってきた塩を舐めなさい」と言われた。 
言われたとおり持参していた塩を舐めると、違和感はスッとなくなった。
まるで魔法みたいだった。
それ程汗をかいたとも思わなかったが、体が塩分を欲しがっていたようだ。
適切なアドバイスは流石に山歩きのプロであった。

そして私は何事も無かったように又歩き始めた。
黙々歩く遍路は何を思い、何を懺悔し、何を願って歩いているのだろう 。
九十九折の登り道はだんだん険しくなる。
谷底と隣り合わせの遍路道は『分け入っても分け入っても青い山」と、種田山頭火がうたったような深い山々は何処までも続いていた。
昔飛行機の窓から四国を見下ろした事がある。本当に山ばかりだった。
その山のどこかを今私は歩いている。
遍路に出ると何故かしら心が落ち着く。
「何故だろう、」「何故だろう」といつも思っていたが、山々の『森林浴効果』があるのではないかと思い当たった。
遍路道は昔からの自然そのままで静かに訪れる人々を包み込んでいるようであった。

登るにつれて皆の足取りは遅くなり喘ぎながら、一歩、又一歩、と歩くのが精一杯になってきた。
ジグザグの道が続く。
「あの曲がり角まで行ったら休憩にしよう」「さぁ頑張ろう」声を掛け合って頑張った。

山道は一層急峻に成り、次の曲がり角どころか10歩歩いては立ち止まり否5歩歩いては立ち止まりを繰り返した。
1歩歩くのさえ大変である。大袈裟に言えば登山家が雪中のヒマラヤを一歩一歩踏みしめながら登るそんな感じである。 
苦しい、でもこんな山の中で引き返すことは出来ない。何としてでも歩かねばならない。
その時突然リュックがヒョイと軽くなった。ホンとに「ヒョイ」と......。
驚いて振り返ると先達がリュックを押してくれていた。

「あッ、ありがとうございます」 リュックを持ち上げている訳ではない。少し押しているだけである。 こんなに軽く感じる事を体験した。
 
余談になるが昨年10月『偶然会』の旅行で和歌山県の那智大社に行った。
此処は参道の石段が結構キツイ。階段の苦手な I・光信さんの後ろを女性たちが代わる代わる押してあげた。
彼は凄く喜んだ。こんな時女性たちは皆親切である。
和ちゃん、ウメちゃん、田鶴ちゃん、弘子ちゃん、上田さんの奥さん、西村さんの奥さん、私、と後からユックリ上りながら、写真など撮りながら上った。 
 I・光信さんもこんなに女性にもてた事は無かったかも?
『女性の皆さんがいなかったら那智の滝や那智大社をお参りすることは出来なかったよ~ 諦めていたのにありがとう 良かったぁありがとう、ありがとう~』と皆に心からお礼を言った。
瀬戸内寂聴さんも言っていたが手も触れずに『気』を送られるだけで軽くなると。

皆「頑張ろう」「あと少し」等と自分で自分を励ますように声を掛け合いながら登っていく。
喘ぎながら上を見あげると木の間隠れに峠らしい所が見えてきた。
「あッ 峠は近いぞ!!」誰かの声に皆元気を奮い立たせたが、足取りは重い やっとの思いで峠にたどり着いた。
其処には大きな見あげるような弘法大師像が迎えてくれた。
この様な凄い山の中によくぞこの様な大きな建造物を建立できたものだと先ずは驚き手を合わせた。
この道を通らないと出会うことの出来ない弘法大師像である。
束の間の安息であった。 
後から着いた人たちの休憩時間は短かった。
登り切った安堵感も束の間、今度は下りが待っていた。



足のすくむ様な下り坂は登りよりも注意が必要である。 
転ばぬように、躓かないように、一歩、一歩下るのは大変であったが、お陰様で怪我する人も無く夕暮れ時ようやく12番札所『焼山寺』(しょうざんじ)に到着した。
納経は17時までと決まっているギリギリセーフだった。
般若心経を唱え納経を済ませやっと四国遍路最大の難所と言われる『遍路転がし』を乗り切ることが出来た。
しかしこれで終わった訳ではない今夜の宿まで此処から1時間程歩かねばならない。

寺を出る時、すでに暮色蒼然である。
下り始めるとすぐに日はとっぷりと暮れて、懐中電灯の明かりを頼りに下山した。
夜道を歩いたのは初めてだった。 
前方を歩く白装束の遍路衆の姿が暗闇に白く「ぼ~っ」と浮かぶ様子は、知らない人が見たら不気味に見える光景であった。
バスが待って居る道路に出た時やっと安堵した。 10年ほど前の話である(終)【H・靖子】


 
【補足&写真】今回の投稿記事は、11番札所から12番札所までの最大の難所『遍路ころがし』歩きの体験談.....その移動距離は約13Km(地図参照)といわれているようです。
写真は11番『藤井寺』と12番『焼山寺」。その間の『遍路ころがし』....いずれもインターネットから借用しました。
いづれも写真上でクリックすると拡大します。【K-正人】
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