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 このブログは、昭和36年3月に宮崎県小林市の中学校を卒業した、同級生146名の近況報告をはじめ、同級生同士の情報交換や同窓会開催連絡、昔の思い出などを語り合うためのものです。総ての記事は同級生からの投稿で運営していきます。ブログ記事の文字を大きく表示して見易い画面フォーマットに変更しました。パソコン画面を横に広げると、ブログ記事も横方向に広がり、1行当りの文字数が増えて読み易くなります。【平成27年3月23日】


    
  
昨日は、東日本大震災発生からちょうど5年目を迎えましたが、3月10日現在の警察庁統計によると、死亡者15,894人、行方不明者2,561人、震災後の傷病悪化による、震災関連死者数3,410人(岩手、宮城、福島の3県)、仮設住宅および他県への避難者を含め、約17万4千人が未だ不自由な避難生活を強いられているそうです。
因みに、平成22年3月、小林市に編入されたときの野尻町の人口が、8,174人とありますから、数字から見てもいかに大勢の人が犠牲になったかが想像されます。  

さて、昨日、匿名さんからも投稿がありましたが、大震災発生の前日、たまたま偶然会の旅行で能登半島を観光中に発生した忘れることの出来ない大惨事でした。
その当日、岩手県陸前高田市の所謂、津波に耐えた奇跡の1本松ならぬ、偶然会のシンボルとしてきた「こだわりの松」も上半分が枯れ始めたため、根っこから50センチくらい残してやむなく切断しました。
幸いに、この他に兄妹が2本残っているので元気に育って欲しいと願っているところです。

余談ですが、震災発生の前日がたまたま私の65歳の誕生日と重なったため、出席者が密かに誕生祝いのサプライズを用意してくれて大変感激したことがよみがえってきたので、昨日はそのときのビデオに2~3時間見入りました。
そして昨年は、予期せぬ宣告を受け、69歳の誕生日は病室でした。
そのときは、絶望感から、果たして70の声を聞けるだろうかと、悶々とした日々が続きましたが、家族をはじめ、同級生からの励ましや治療の甲斐あって、10ケ月後には経過観察となり、1年間命が長らえたことで絶望から希望へと意識が変わってきたのです。

昨年10月の古希同窓会では大病を患ったり、持病を押して参加した人もおり、励まし、励まされながら元気を貰ってきました。
ところが本年に入り、やや数値に変化が現れたため、不本意ながら2月末まで入院となりましたが、希望の光は萎えるどころか、いっそう光輝いております。
そして一昨日(10日)、遅ればせながら自宅で無事に古希を迎えることができ、うれしさのあまり久しぶりに美酒に酔いました。

今日はとりとめのない文章になりましたが、2月半ばに春山君が法事で帰省したとき、20日会が大勢で歓迎してくれたと喜んでおりました。
同級生のみなさ~ん、いつもいろんな面で元気をいただき本当にありがとうございま~す! 【H28.3.12 埼玉:守夫】

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