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サキヒットベー♪
 このブログは、昭和36年3月に宮崎県小林市の中学校を卒業した、同級生146名の近況報告をはじめ、同級生同士の情報交換や同窓会開催連絡、昔の思い出などを語り合うためのものです。総ての記事は同級生からの投稿で運営していきます。ブログ記事の文字を大きく表示して見易い画面フォーマットに変更しました。パソコン画面を横に広げると、ブログ記事も横方向に広がり、1行当りの文字数が増えて読み易くなります。【平成27年3月23日】


 
  
<<映画 海難1890>>見てくださ~い。

皆さん如何お過ごしでしょうか?
古希の同窓会では、ハチャメチャにはしゃいで楽しいひと時を過ごしました。
あの時を思い出しながら楽しく過ごしています。

さて、皆さん最近映画を見に行きましたか? 私は何年も行っていません。
『おくりびと』を見て以来ですから、相当見てないことになります。
ところで今回は是非、皆さんにも見ていただきたい映画があります。

『海難1890』...... これは1890年トルコの軍艦『エルツールル号』が、和歌山県串本大島の海岸に座礁し遭難した実話を描いたものです。
その時、串本の住民は親身になって遭難者を助けました。
それから約100年後の1985年、イランイラク戦争のとき孤立した日本人を助けてくれたのがトルコ航空機でした。
この時「なぜ?トルコが日本人を助けてくれたのだろう」という疑問がありました。
トルコ政府はその理由を「100年前わが国の軍艦『エルツールル号』が遭難した時、日本の人たちは親身になって助けてくれました。その恩返しです。」 と......。
100年前の恩返しをしてくれたのでした。

九死に一生を得て救出された人々の口から、トルコに対する感謝の気持ちが涙ながらに報じられ、次第に皆さんに知られるようになりました。 
串本町長と映画監督の田中光敏氏は大学の同級生だそうです。
最近、遭難当時の様子を記したカルテが多数見つかった事から、何とかしてこの話を世界の人に知って欲しいと思った町長が、日本とトルコの友情の話を便箋何枚にも書いて監督に送ったそうです。
「この素晴らしい友情の話を是非映画化してくれ」と。

その時の条件が「金はないが映画を作ってくれ」と言うものだったそうです。
串本ではトルコとの友好がズット続いています。
そして友好125年を記念して、トルコと日本の合作『海難1890』が完成しました。
心温まる100年前の恩返しの話です。
トルコは親日家が多いと聞きますが、この話は学校で教えているそうです。
和歌山に住む者にとっては誇りに思う話です。否日本の誇りとなる話です。
感動の『海難1890』の映画を、是非お近くの映画館でご覧ください。【Hー靖子】

【写真】左:海難1890のポスター 右:和歌山県串本町の名所・橋杭岩(写真の奥に見えるのが文中に出ている大島です)。
2枚の写真はいづれもインターネットから借用しました。
写真上でシングル・クリックを繰り返すと更に拡大&縮小します。【K-正人】

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