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 このブログは、昭和36年3月に宮崎県小林市の中学校を卒業した、同級生146名の近況報告をはじめ、同級生同士の情報交換や同窓会開催連絡、昔の思い出などを語り合うためのものです。総ての記事は同級生からの投稿で運営していきます。ブログ記事の文字を大きく表示して見易い画面フォーマットに変更しました。パソコン画面を横に広げると、ブログ記事も横方向に広がり、1行当りの文字数が増えて読み易くなります。【平成27年3月23日】




このブログを書きながら『普代村の広報誌 平成23年3月号』を読んでいる。
『普代村』と言う地名も知らなかった。
普代水門の横を通る時、ガイドさんが説明してくれたが1回聞いた位では深くは理解できない。
まして、この頭である覚えろと言う方が間違っている。
必死で覚えたとしても、あっちを向いてコッチを見たらもう忘れているので、『そんな事なら初めから覚える必要もない』と高をくくっているから、思考力低下も頷けると変に感心している。

ところで ツアーの中に普代村駅から久慈市までの区間『三陸鉄道北リアス線』乗車が組み込まれていた。
1昨年のNHK朝の連続ドラマ『あまちゃん』に登場した鉄道である。
小さな駅舎の掲示板に震災の広報パネルがあった。 
読んでいる時間も無いのでパチリ!写真に撮り帰宅して拡大してみた。 
そこには想像を超える奇跡の話が記されていた。 

私が心打たれた記事は『普代広報誌23年3月号』に載っている。 
『この暑いのに大変ですが宜しかったら開いて読んでみて下さい。』 
掻い摘んで話すと「ここ東北地方は過去2回ほど大きな津波災害があり、その教訓を生かして作られたのが普代水門である。」とある。

明治の大津波、昭和8年の大津波を教訓に、当時の村長が『2度あることは3度ある。絶対に住民を守らなければいけない』という、強い信念のもとに過去の高波を参考に高さ15.5メートル、総工費35億6千万円、と言う巨費を投じ建設された。
「その様な大きな水門を作らなくとも....」
「何であんな大きなものを....」と色々な反対を押し切り、近隣の人たちに笑われながらも昭和59年(12年をかけて)完成した。  

その水門が今回は住民の生命財産を救ったのである。
津波による家屋損壊0 死者0 行方不明1人(これは漁港を見に行った為だという、漁港は壊滅した。)
この水門がなければ大きな被害が出ていたことは必定である。
この村長の「住民を守る」「住民の為に」という強い信念は政治家として当たり前の事かもしれない。

信念を貫き通した村長さんの『政治家魂』に敬服である。 
三陸海岸鉄道も素晴らしかった。
梅雨の真っ最中と言うのに、この日は晴れていて青い海が素晴らしく美しかった。 
景色のいい処では列車を停めてくれるサービスもある。
久慈までの列車の旅を楽しんだ。【H・靖子】

【写真】投稿者Hー靖子さんが紹介している『普代広報誌23年3月号』をインターネットで検索してヒットしたものです。
その広報誌に載っていた写真を借用しました。【ブログ管理者】 
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