【愛される日本 1/2】
インドネシアで「世界に最も良い影響を与えてくれている国は?」との質問に、85パーセントの人が「日本」と答えたと言う。
『それは何故?....』だいぶ前のテレビで、世界の村にたった一人で住む『日本人に逢いに行く』と言う番組を見た。
インドネシアの奥地の村に、たった一人の日本人がいるらしいとのことで、女性レポーターが訪ねたのは90歳代の元日本兵であった。
家庭を持ち広大な畑を開拓して、今は家族と共に静かに暮らしていた。
戦後になっても帰還しなかった日本兵がいた事は知っていたが、現地に恋人が出来て帰国しなかっただけだろうと思っていた。
しかし、そうではなかったと判った時の衝撃と温かな人間愛、そして厳しい現実があった事に複雑な思いがした。
たった一人の日本人は、穏やかな好々爺で戦争で片腕をなくしていた。 この広い農場も片腕で切り開いたと言う。ずっと向こうまで我が家の畑ですと指を差した。
祖国を捨ててまで、ここに留まった理由は何だろう.....。
「戦争当時現地住民は、我々にとても良くしてくれたんですよ」
「あれが欲しいと言えばすぐ持ってきてくれる」
「あれが無いと言えばすぐに調達してくれる」
「それは本当に良くしてくれました」と、その元日本兵は話す。
終戦になってインドネシアは、再びオランダに統治されました。
彼らはオランダに戦争を仕掛け独立戦争に立ち上がりました。
私たちも今まで良くして貰ったインドネシアの人たちの為に、残って戦いました。 1000人位の兵隊が残ったでしょうか?独立の為に4年ほど戦いましたね。
(本当は4年5ヶ月だったらしい。太平洋戦争が終わると同時に、独立戦争に加わった信念の凄さに言葉も無い。)
インドネシアは1949年独立しました。 あれから60年以上経つというのに、祖国を捨てると決意した信念は固く一度も日本に帰っていない。
若き頃父母の待つ日本への望郷の念は如何ばかりだっただろう。あの頃1000人程いた日本兵は、高齢も加わって今ではたった一人になったという。
その喋りはとても90歳代には思えない滑らかさで、当時の事を淡々と語ってくれた。 これ程の日本人が居たんだと感銘を受けた話だった。
傍らで日本の童謡を歌う孫の姿があった。おじいちゃんの歌う歌を覚えたと言う。【匿名希望】