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サキヒットベー♪
 このブログは、昭和36年3月に宮崎県小林市の中学校を卒業した、同級生146名の近況報告をはじめ、同級生同士の情報交換や同窓会開催連絡、昔の思い出などを語り合うためのものです。総ての記事は同級生からの投稿で運営していきます。ブログ記事の文字を大きく表示して見易い画面フォーマットに変更しました。パソコン画面を横に広げると、ブログ記事も横方向に広がり、1行当りの文字数が増えて読み易くなります。【平成27年3月23日】


中部から発信   [267] / 関東から発信   [71] / 関西から発信   [80] / 九州から発信   [46] / 省エネ大作戦   [56] / 同窓会情報   [55] / 匿名者から発信   [55] / パソコン情報   [35] / index



私は薔薇の花が好きです。
満開の誇らしげな花も良いのですが、開花寸前の一輪の薔薇が遠慮がちに一片、二片開き掛けているのも良い。 
蕾を包み込んでいる緑の額の間から、少しだけ頭を覗かせたのも清々しくて 素敵です。

最近の花は種類も形も多種多様で、大きなバラ園などに行きますと薔薇の香りに包まれて、一つ一つ見ていると時の経つのを忘れてしまいます。
過日、紫の薔薇を見ました。
紫と言う色は高貴な色で、昔は位の高い人しか用いる事は出来ない色でした。
濃い紫はいいですね。

ところが私が見た薔薇は薄い紫色で何というか中途半端な色でした。
品種改良された珍しい花でしたが「せっかくならもっと濃い色の花を見たかったな」などと勝手な事を思いました。
しかし私は反省しています。 
長い年月をかけて造り出されたであろう人々の苦労の結晶なのに、中途半端な色だなんて簡単に評価するのは宜しくないなと.....。
見ている私の欲求が強いだけだから、咲いている薔薇には何の罪も無い。
花は只無心に咲いているだけだもの。
しかし私は変わるかもしれません。

中途半端な紫の薔薇に情が湧いて愛しくなって、可愛く、美しく、見えるように なるかもしれません。
それまで「私の感性が磨かれて『嗚呼何と言う美しい薔薇の花だろう』と思えるまで待っていてくださいね」。  
「今のところは御免なさい。」
中途半端な紫の薔薇に私は 小さく謝りました。【都 わすれ】
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今年の桜は何と気を揉ませた事でしょう。
開花情報が報じられてから約1週間で満開となるのが普通なのに、その頃は信じられないくらいの寒波に見舞われて終いかけたストーブを出してしまいました。

外に出る体力も、気力もないまま窓から外を眺めていました。
窓の外と言っても隣家の壁とその内側に、猫の額もないほどの隙間に2~3種類の花を植えているだけで、変わり映えのしない風景です。
でもいつの頃からか、どこから飛んできたのか解りませんが、日本タンポポの黄色い花が春を運んでくれます。

三浦綾子の小説の中に「北国の長い冬が終わると一番先に咲く花が黄色い色をした花だ」と言う下りがありました。 
気をつけてみるとタンポポは勿論、菜の花やレンギョウなど、まさに黄色い花は明るく春を代表する色だと思いました。
今日は少し 出かけて見ようと言う気持ちになりました。
少し肌寒い曇天の外に出ました。 
いつもの散歩コースを抜けてようやく目的地の公園に着きました。
桜は先日来の寒さにもめげず今満開を迎えていました。
例年に比べて数日遅いようです。
時折、鳥の鳴き声が聞こえたと思うと、今度はベビーカー(昔は乳母車と言った)を押した若いママが、ヨチヨチ歩きの子供の手を引いて散歩しています。 
「あ~昔の自分の姿だな」と少し感傷に浸り自分の人生を振り返ったりしました。

帰り道小川に桜の花びらが浮いて流れていました。
この満開の桜が花吹雪となって散るのも目に見えています。
川面を流れる花びらを『花筏』と言うのだそうです。
日本人は消え行くものにも心を寄せるなんと情緒豊かな民族なのでしょうか。
私も今日の一日を大切に生きていこうと思いながら公園を後にしました。【都 わすれ】

 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
大分同窓会情報・近況報告&コメント
【Y-国春  欠席します】 小林市野尻町 4月14日着
返信が遅くなって申し訳ありません。
迷っておりましたが、どうしても参加できません。
皆で楽しんで下さい。又、会える日を楽しみにしております。

【T-ノリ子 欠席します】 宮崎市清武町 4月08日着



父の訃報の知らせを受けて、私は取るものも取りあえず機上の人となった。
西に向かう飛行機の窓から太陽がだんだん沈んでいくのを眺めていた。
その時『何を思っていたのか?』......その時の感情を思い出すことは出来ない。
ただ沈む太陽の事だけは鮮明に覚えている。 
オレンジ色の赤い夕焼がだんだん沈んでいく.....飛行機から見る夕焼は初めてだった。
太陽が沈むにつれて空はだんだん暗くなっていく。
赤い夕焼は次第にオレンジ色から紫色に変わっていったような気がする。

父は長い闘病の末の最期だった。 
子供の時からの父の思い出だけが浮かんでくるが悲しさは無かった。
父が亡くなった実感が湧かなかったのかもしれない。
夕焼は実に美しかった。
刻一刻と変わる景色に「毎日この様な夕日が機上から見れるのだな」と思いながら見ていた。

地平線だか水平線だかに接すると太陽はみるみる落ちていった、と ”最期の瞬間” 『丸い』いや『楕円形』に近い ”グリーン” の光がパッ!!と輝いた.....と思ったらスッと消えた。
一瞬の出来事だった。
その緑色のいや、それはやっぱり ”グリーン” と表現した方がしっくりする。鮮やかな、本当に綺麗な "グリーン" だった。
途端にあたりは漆黒の闇が支配した。 その美しさは脳裏に焼きついている。

それから何年か過ぎた新春。テレビを見ていると此れが『グリーンフラッシュ』だと知った。
色々な気象条件が重なり非常に希少な現象らしい。
人生でこの様な希少な素晴らしい体験が出来た事は、奇跡に等しいと思い出すたびに感慨深い。【匿名希望】


【写真】インターネットから借用しました。
神秘的な『グリーンフラッシュ』の動画を見つけました。
下記URLをクリックしてご覧ください。【ブログ管理人】
https://www.youtube.com/watch?v=yF_SCX9MTRA



某テレビ番組で芸能人男女2人が2泊3日で寝食を共にすると言う番組があった。
場所は田舎の1軒屋である。
俳優(M-雄基)と漫才師?のポッチャリした女性とのカップルである。
あのクールなM-雄基氏と楽天を地で行くような、ポッチャリちゃん漫才師のカップルはどう見ても『お似合い』とは思えない。 
果たしてどんな展開になるのかドキドキしてしまう。

勿論、カメラが廻っているから変な事にはならないのだが.....M-雄基氏といえば不良少年やアウトローの役が多かった。
作品は見ていないが不良っぽい先入観があった。
大人になって不良のレッテルは剥がされ『ニヒルな大人』の魅力がある。

『果たして2人は2泊3日の生活が上手く行くのか?.....』
結論はポッチャリちゃんがM-雄基氏の優しさ、思いやり、気遣いに感激大満足した事が上手くいった証だろう。
M-雄基氏は祖母の介護を何年もしたそうだ。
高校生の頃だろうか撮影が終わるとすぐ帰る。
人付き合いの全く無い人だったそうだ。
祖母の介護をしてるなんて誰にも言わないから「付き合いの悪い奴」と思われていたらしい。
今の落ち着いた大人の魅力は何処から来るのだろう。

書道、茶道などをたしなんでいると聞いて『成程』と頷ける。
M-雄基と言う人間の姿は此れなのかと再認識した。
自分のことは余り表には出さないが芯のある人と見た。
だから好きになった。これからも活躍して欲しい。【都忘れ】

【写真】『曾木の滝』:1~2年ほど前に帰省した同級生が携帯で撮った写真を写メールで送ってくれました。
投稿してくれたブログ記事にマッチする写真がありませんでしたので、今回使用させて貰いました。【K-正人】 



確か江ノ島海岸での話。
「久しぶりの海でね、泳いだんだよ。ところが余り得手でない僕がだよスイスイ泳げちゃう訳よ。
気持ち良かったねぇ。向こうに見えるブイまで泳ごうと思って泳いだんだけど、気持ちよくスイスイ泳げちゃうわけよ。
引き潮だったんだね。ブイまで行って岸に帰ろうとしたんだ。
ところがこれが大変でね。
いくら泳いでも泳いでも進まないのよ。横に流されるわけよ。ホンと大変だった。 
やっとの思いで岸に着いたんだけど、大変だったねぇ~。死ぬかと思った。」

そこに合い方が来たのさ。
その相方が「どうだった?」と訊くから
「良かったよ、スイスイ泳げちゃう。凄く面白かったよ。泳いできた方がいいよ。」と勧めたのよ。
(まさか自分が恐怖を覚えるほどの引き潮だから冗談だと思ったが.....)

合い方は泳いで行ったよ。 
「泳ぎが得意でない彼はスイスイ泳いで行った。
ところが引き返す時チッチャイ体だから流されると頭が波の間から見えなくなる。
流されてるなと思って見ていると頭が小さく浮き上がってくるんだよね」

岸にたどり着いた彼に
「おもしろかっただろう?」と言うと
「何が面白いもんか、流されて死に物狂いで泳いできたんだから」と.....。

この2人は『○○問題』の2人である。
O-光は人を小馬鹿にしたような話ぶりをするので嫌いなタイプだった。
この一件をテレビで見てから大嫌いになった。 
一つ間違えれば生死に係わることである。 

その様子を面白半分に引き潮の海に勧める神経が私には判らない。
『人の命を何と思ってるんだ!!.....』 

普通なら「行かない方がいいよ。引き潮だから。大変だよ。」と止めるのが人間だろう。 
へらへら笑いながら面白そうに話すOー光の様子を見ていると笑い話どころか腹が立ってきた。
この話を聞いてOー光が益々嫌いになった。
萌えちゃんと結婚したT君は常識のある大人である。【 都忘れ】

【コメント】同感です。私もあの番組を見ていました。
『こいつ何というひどい奴なんだ!』と腹が立ちました。
やっていいことと悪いことの判断もつかない餓鬼ですよね。
あれ以来あいつの言うことは聞きたくなくなりました。
こんなバカをNHKがよく起用するのでNHKもダメな組織だと理解できますね。【koga hideyuki】



60歳の還暦は皆元気溌剌としていたし 「年寄りなんて誰の事?」と言う顔をしていた。
70歳以上は『老人』の代名詞みたいに思っていたのに、10年経った古希の同窓会の時は「若いねぇ 歳を忘れたんね。」と更に若くなったと思った。  
しかし70年の長い歳月を酷使した肉体はあちこち悲鳴を上げかけている。
皆の話を聞くと殆どの人が、多かれ少なかれ何らかの不調があるらしい。
『同病相哀れむ』の意味が実感として判ってくる。
『老人の病気自慢』なんて人事と笑っていたけど、正に其のルツボにはまった感である。
体を騙しながら大事に使っていかねばならない。 最近体重増加と胃の不調に悩まされている。
薬を飲んでも治る気配は無く「どげんかせんといかん」と思うばかりだった。
やっと「医者に行って見よう」という気になったのだが生憎土曜日だった。
「仕方が無い、月曜日に行く事にしよう」  

先日、体調不良の話が仲間の世間話にのぼった。
「ゴルフボールやテニスボールがストレッチにはいい」
「あちこちが痛くなった時使ってるけど良いみたい」
「毎晩 使っている」 等と健康談義に花が咲いた。 
テニスボールやゴルフボールが良いと言う事は知っていたが使う事を忘れていた。
早速試してみよう.....。以下ストレッチの方法である。

①【足やスネ、坐骨神経痛の痛みには】  
仰向けに寝てテニスボールをお尻(でん部)にあてがい膝を立て痛い所を無理しないようにゴロゴロすると良い。
ツボに嵌れば「痛気持ち良い。」坐骨神経痛のときはテニスボールでお尻を叩くのも気持ちが良い。 
②【腰の痛み」  
仰向けに寝てテニスボール2個を手を添えてゆっくり腰に当て左右に動かす 膝を立てるとやり易い。
③【胃の不調】
テニスボール2個を背骨に沿って上の方に並べ胃の裏辺り痛い所を優しくゴロゴロすると良くなる。これも仰向けに寝るが苦痛なら止めた方が良い。
又、胃やお腹をジックリ優しく指圧するのも良い。
④【肩甲骨が凝る】
仰向けに寝てゴルフボールを肩甲骨に押し当ててゴリゴリ動かす。少々痛いが上下に転がすとスキッ!!と軽くなる。
⑤【コメカミをクルクル押しても気持ちが良い。】
以上、くれぐれも無理しないように自己責任でお試し下さい。

「つぼ」は体に不調があれば出てくるらしい。 因みに健全なときに触って見ても全然痛くない。
体中撫ぜまわして身体検査をしてみるのも良いかも知れない。
長年付き合ってくれた大切な体に感謝を込めて「痛いけど気持ちよい」を実感しながら、ボールをゴロゴロしていると薄皮を剥くように良くなっていくのが判る。
「こんな事で本当に効く?」
「効く訳ないよ。」
「一時の気休めさ」  
さてさて一朝一夕に良くなる訳ではないが「当たるも八卦当たらぬも八卦 信じる者は救くわれる」かも?

梅雨も明けたという。熱中症に気をつけなければいけない。
K-秀之さんの熱中症対策は非常に参考になりました。 
風呂に入って頭から水をかけるとありましたが、湯加減は日向水ぐらいでしょうか?
友達に会うたびに「熱中症には頭から水をかけたら良いらしい」と話しをしている。
頭の片隅にでも残っていたら役に立つ時があるかもしれない。【匿名】

【写真】刃物の町で有名な『岐阜県関市』。その関市の山間部に板取という集落にある通称『モネの池』........。インターネットから借用しました。
フランスの画家『クロード・モネ』の描いた『睡蓮』という絵に、そっくりな池が日本にもあるということで、最近大注目されているスポットだそうです。
この池の透明な水の色が刻々と変化していくという。まるで、鯉が水中ではなくて空中を遊泳しているように見えるらしいです。

平日でも200人前後の人が観光バスで、休日になると500人以上の人が訪れるという。この小さな集落が大混雑しているようです。
この池に興味のある人はインターネットで『モネの池』で検索して下さい。動画や画像で見られます。【K-正人】



夏本番になってきた。日中の猛暑は流石に外出する気にはなれない。
汗を拭き拭き暑さに耐えながら長~い一日がやっと終わる。
夕方になると気持ちのよい風が吹いてくる。
日課にしている夕刻の散歩のついでに、昼間買い忘れた物を近くのスーパーで買って帰ろうと家を出た。

夕闇迫る頃三々五々散歩の人たちが歩き始める。
約1時間あちこち見ながら、人通りの少ないところを選んで歩くのが私流である。
夜風に吹かれながら街の明かりもチカチカ灯りだした。
目的の物を買う。
出かけるときは出来るだけ手ぶらで歩きたいので、千円札一枚ポケットに押し込んで出かけた。
スーパーで買い物をして小袋に入れてもらった。
お釣とレシートをズボンの前ポケットに押し込んで店を出る。

さて、右に行こうか左に行こうか?一寸思案したが右の道を選んだ。此方の方が少しばかり明るいからだ。
信号を渡り歩道を歩いていると、話し声が聞こえたような気がした。
振り返ってみる。誰もいない。
反対の歩道かな? 暗がりを目を凝らしてみるが誰もいない。
歩いているのは私一人だけだ。
「どうも気のせいだったらしい。」
車も途切れ途切れに信号で停まった分だけ流れていく。

ところが今度は後ろから足音が聞こえてきた。 
「先に行ってもらおう こういう時は道を譲った方がいい」と思って歩を緩めた。
中々追い越さない。振り返った。誰もいない。 
気のせい?と思い直して歩き始める。
するとまたもや足音が後ろから付いてくる。
止まって振り返る。誰もいない。
後ろから付いてくる低い『ザッ ザッ』と言う足音が気になってしょうがない。
3~4回同じ事を繰り返した。  

流石の私も薄気味悪くなってきた。
我が家まであと300メートル『ザッ ザッ』と低い足音は確実についてくる。
「ひょっとして私の靴音?」 その場で足踏みしてみた。
靴には異常は無い。まさか『幽霊?』だったらどうしよう。
でも「そんなはずは無いか.....」 辺りはすでに暗くなっている。
『ザッ ザッ』絶対に私の後を付いてきている。
私が歩けば歩き、止まれば止まる.....どういうことだろう。

問題の答えが見えないまま家を目指す。
家まで約200メートル。そしてやっと思い当たった。
「あっ?ひょっとしたら?」
「ポケットに入れたレシートと硬貨?」 ポケットを押さえて歩いてみた。
先ほどの足音はプツンと消えていた。
「な~~んだ そうだったのか」もやもやが消えた。

「幽霊の正体は?」と聞けば「レシートと硬貨なり」と言うことである。
店で貰ったレシートと硬貨がポケットの中で、私の歩調に合わせて動いていただけだった。
それにしても絶妙なバランスで人を驚かすような音を出すなんて.....判ってしまえば笑い話である。【匿名】

【写真】 匿名投稿者のタイトル『幽霊の正体見たり枯れ尾花』(=枯れすすき)。インターネットから借用しました。

     
  
東日本大震災のあったその時、私達は能登半島『ヤセの断崖』にいました。
松本清張『ゼロの焦点』で一躍有名になった能登半島の景勝地です。 
前日の金沢の夜はみぞれから雪に変わったのか一夜明けた朝はうっすら雪景色でした。
早朝の兼六園を巡っていると急に辺りが暗くなり、瞬く間に大粒の雨に見舞われ、私達はそそくさと金沢を後に能登半島に向かいました。  
車が進むにつれて雨は小止みになり、半島を廻るころにはスッカリ雨も止み青空になりました。

車窓に映る日本海は碧く輝き、白い波が押し寄せ、入り組んだ海岸の変化に目を奪われます。
磯馴れ松が白波の碧い海を背にまるで計算されたような調和を見せています。
車を降りた一行十数名は『ザザ~ザザ~』と、松の葉を揺らす海からの冷たい風もどこえやら友との語らいの中では暖かく感じるのです。
『義経の舟隠し』と言われる深い入り江や、『ヤセの断崖』のある海岸をユックリ散策しました。

ところがヤンチャな仲間の2人が散策路を外れ「ヤセの断崖を見て来る。」と言うと、『ヒョイ』と土手を乗り越え冬枯れの萱の生い茂る藪の中を、断崖の方向に向かって行きました。
此方からは断崖の様子は見えません。小説では犯人の女が相手を突き落として殺すと言う設定になっている場所です。
自殺の名所とも言われている所です。
「行かないほうがいいよ 風も強いから 危ないから 行くのは止めて!」と言う間もなく、2人の姿は崖に向かって見え隠れしながら消えていきました。 
私とIMさんは土手に立って「大丈夫かな~」と言いながら消えて行った方向を見つめました。  
背丈ほどの萱の生い茂る先にはどのような断崖があるのか、見えない事が不安を増幅させました。
「もし、強風に煽られて断崖から転落したらどうしよう。消防?いや警察に知らせなければ....」とまさかの事を考えていたなんて本人達が聞いたら「余計なお世話」と叱られるところです。 

その時でした。立っていた土手が動きました。動くと言うよりゆらり!と揺れるという感じです。
「あれっ?地面が揺れたね?」
「うん、揺れた....」並んで立っていたIMさんと揺れを確認しました。
確かに揺れました。
「地震だったよね。」 ただの単発の地震だと思いました。
暫くして『ヤセの断崖』を見に行った2人の姿が藪の中から出てきたのを確認して、駐車場に向かいました。
駐車場まで200メートルぐらいはあったでしょうか、車の所でSKさんが携帯を掛けていました。その時、また揺れました。
先程より少し強く感じました。
「さっきの地震の揺れ戻しだね。」
「また揺れた!余震だね」
短い揺れなのに大袈裟にビックリした皆の顔が可笑しくて顔を見合わせながら皆で笑いました。

携帯を終えたSKさんから話を聞くと「関東地方に大きな地震があったそうで棚の物がゴチャゴチャに落ちてきて怖かった~」と、娘さんが泣きじゃくりながら電話してきたとの事でした。
それが未曾有の大震災だったと言う事を知る由も無く、また先ほどの地震がまさか同じ地震だなんて誰も気付きませんでした。
SKさんは「地震にビックリしたんでしょ 甘ちゃんだからねぇ」と、地震如きに泣きながら電話を掛けて来た娘の事を軽く受け流していました。
私達も重大事とは露ほども思いませんでした。知らないと言う事は幸か不幸か和やかな旅は続いたのです。

大震災を知ったのは途中でガソリンスタンドに入ったときの事です。
「東京が大変な事になっていますよ。ビルが倒れ火災が発生しています。」と言う情報を得ました。
その時、はじめてビルが倒れるくらいの大きな地震と知りました。
同乗していた関東の友人は家に電話をかけましたが、何回掛けても繋がらず焦りがつのる一方でした。 

ホテルに着くと ロビーの大画面のテレビには、東北の津波の映像が次々と映し出されていました。 
今まで見たことも無い凄まじい悪魔のような津波が牙を剥き、海岸線一帯を襲い家屋や建物船舶を破壊し、田んぼや畑を次々容赦なく呑み込んで行く様はこの世の地獄と思わせる光景でした。
夜になると巨大な悪魔が赤い炎を吹きながら全てを舐め尽くすような火の手が上がり、海岸の夜空を焦がし破壊し続ける光景が一晩中流れました。 
此方は日本海なのに漁船は全部沖に避難していました。
津波の被害はないと確認されるまで沖で待機していました。
その夜の宴会は勿論中止となりました。 

関東地方や東北に身内のいる人は大変な心配をしましたが一人又一人と連絡がつきました。
最後まで家族と連絡のつかなかったTYさんの奥さんと連絡がついたのは夕食が終わりかけた頃でした。
気丈に振舞っていた彼も奥様の安全が判ると涙をポロポロ流しました。
いつも奥様の事を「怖いカカァだ、怖いババァだ」と言っていた恐妻家の痩せ型の彼が、人目もはばからず泣く姿に皆も良かったなぁ~と胸をなでおろしました。

あれから5年。福島県に息子さんが勤めていると言っていたFUさん如何お過ごしでしょうか。
特に福島は原発の被害も加わって大変でしたね。 
でも皆負けずに前向きに頑張っている事でしょう。
明日はわが身かもしれないと言う教訓を噛み締め、3月11日のあの日を静かに思い出しています。【匿名希望】
                             
【写真】1枚目『ヤセの断崖の案内板』:提供=Y守夫君。2枚目兼六園の遊歩道に咲くカキツバタ群。写真は拡大できます。


真黄色なミモザの花が咲きました
顔を近づけて
良くご覧なさい
驚きますよ

何故かって?
ひと房の黄色い花と思うでしょう?いいえ
とんでもありません
小さな小さな丸い花の集合体なのです

驚くのはまだ早い 
その小さな花の一つをじっと見て見てください
何という事でしょう花びらが放射状に球体をなしているのです
無数の球体の塊がひと房のミモザです
驚きますね

見れば見るほど魅了させられます
私はこの花が大好きです
ミモザの花は
春の妖精かも知れません

暖かな季節が一歩一歩近づいてくる今日この頃ですね 【都わすれ】

 

タイトルの<<一・十・百・千・万>>とは.....
イ チ(一).....1日『1回』笑いましょう
ジュウ(十).....1日『10人』の人と挨拶しましょう
ヒャク(百).....1日『100文字』書きましょう
セ ン(千).....1日『1000文字』読みましょう
マ ン(万).....1日『10000歩』歩きましょう
これを心がけて実行すれば脳や体力の活性化になるらしい。

古希を過ぎた途端に目に見えて老化が気になりだした。
用事が思い出せない。
「何だったかな~ どうして此処に来たのか?」 と、これなど日常茶飯である。
先日病院に行って話を聞いた。色々話してくれたが其の何割が頭に残っているのか疑問である。
パンフレットを貰って「これを毎日チェックしてください」といわれた。
「ハイ」と答えたのだが席を立ったときにはもう忘れている。

廊下に出ると「○○さ~ん」と呼び止められる。
「はて?」「忘れ物です」と先ほどのパンフレットが.....。
「あ~ごめん!いつもの事でこうなんです」と目の前の忘れ物を受け取った。
まぁいずれにしても大した事ではないので気にはしないが
「老人とはこんな物なのか」 「こうして人生の階段を1歩1歩昇って行くのか」と納得して苦笑する。
それが恥ずかしいとも思わない。 

『羞恥』と言う言葉は何処かに置忘れてしまった。
傍に人がいたりすると「年は取りたくないもんだなぁ」と他人事みたいに笑って誤魔化す。
都合の悪い事は『年』のせいにすればいい。
一十百千万 これから此れを唱えてみようか。実行はしなくても考えるだけでいいのではないかな? 【匿ちゃん】

【写真】小林市役所野尻庁舎に装飾されたイルミネーション......。日本一に認定され認定証を授与したそうです。



食品の廃棄される筈の商品が転売された事件は、日本人として恥ずかしい行為ですね~。 
中国がやるのなら「又か」と頷けるのに.....日本人も同じことをしてると思ったら情けない。
しかし、こういうことは絶対いけないと思う反面、私は思うのです。
少々の「賞味期限切れ」がいとも簡単に捨てられる現実には「勿体無い 何とかならないものかしら」と考えてしまいます。 

そもそも賞味期限とは「その期限まで美味しく食べられますよ」という期限であって「食べたら体を壊しますよ」という警告ではないはずです。
(消費期限はその日までに消費するようになっています) 

醤油、ソース、味噌などの醗酵食品は寝かせるほど熟成が進みうまみが増してくるものなのです。 
その期限の設定がどのような基準で決められたものでしょうかね。 
勿体無いと言う気がしてなりません。何とか上手い対策はないものでしょうかね。 

特に若い世代は賞味期限に五月蝿いですね。
久しぶりに帰ってきた子供たちは、賞味期限を過ぎた食品を見つけるとしつこく捨てるように促します。
大丈夫なのに..... 

私などが若かった頃は、近くの駄菓子屋にははカビの生えたパンなどが売られていた事もありました。 
そういう時代を経験してますので、少々期限が過ぎていても大丈夫かどうかの判断はつきます。 
若者は神経質になるのは世代の違いでしょうね......。【都忘れ】

【写真】消費者庁が発表した横流しされた食品の一部(下記の消費者庁リコール情報サイトから借用)。
写真上でクリックすると拡大出来ます。

【参考】消費者庁が下記URL『消費者庁リコール情報サイト』で対象食品を食さないように注意喚起しています。
対象食品が流通して、販売された店なども紹介しています。
①カレー『CoCo壱番屋』の廃棄食品。
http://www.recall.go.jp/result/detail.php?rcl=00000014362
②味噌メーカー『マルコメ』の廃棄食品。
http://www.recall.go.jp/result/detail.php?rcl=00000014400


 
我々も立派な高齢者になった。
あっちが痛い、コッチが痛い、加齢とか、病気の数値がどうのこうのと、寄るとさわるとこの話で持ちきりである。
何とか健康寿命を全うしたいものである。

その秘訣が『キョウヨウ』と『キョウイク』だと言う。
私は、ドキッ!!とした『教養』と『教育』と解釈した。
さほどの教育も受けてない。
まして教養なんて・・・トテモトテモと首をすくめた。
両方持ち合わせていない者はどうしたら良い? その解決はすぐにわかった。



『なんだそういうことか....。』
長年の習性で勝手に自分の知っている単語、『キョウヨウ=教養』 『キョウイク=教育』に解釈していたがそうではなかった。
『キョウヨウ』と言うのは『今日の用(事)』という意味で、『キョウイク』とは『今日行く』ということらしい。
高齢者は進んで 「今日の用事をつくって、今日行くようにする」 と言うことのようだ。

つまり安穏とせず、「体を動かして行動を起こせ」と言う事で、生甲斐を持って活動する事が健康の秘訣だと言う。 
そう言えば先日のテレビで行動を起こした高齢者が、僅か半年で歩けるようになったといっていた。 
少しでも医療費を使わないように、健康保持する事がせめてもの自分に出来る社会への貢献かもしれない。【匿ちゃん】

【写真】記事にマッチする写真がないので、今が旬の花で我慢して......我が家の庭と近所の玄関先に咲き誇っている紫陽花。『白』が鮮やかです。
写真上でクリックすると拡大できます。(ブログ管理者)

   
「ときめきますか?」  
「いいえ」  
「ときめきますか?」  
「いいえ」  
「ときめきますか?」  
「はい」  
「ときめきますか?」  
「どちらとも言えません」  
「じゃぁこれは ときめきますか?」  
「ハイ、凄くときめきます。」  

   
古今東西を問わず片付けに苦労している人は多いようです。  
日本人の片付け名人の著書(片付け本)が外国で馬鹿受けしているとか。  
  
それが上記の問答で綺麗に片付くというから凄いと思いませんか。  
「断舎利、断捨離」と言う整理法は皆さん承知の事と思います。  
要らない物を 【断つ】  
要らない物を 【捨てる】  
物への執着から【離れる】  
私も本を買いました、所が中々捨てる事ができない。  
捨てようとゴミ袋に入れても「いやいや待てよ・・」と拾い戻す始末です。  
使わない物が何年も眠っています。  
要る物と、要らない物の仕分けが出来そうで出来ないのです。  
  
そんな時目にしたのが「トキメキますか?」というフレーズでした。  
自分の持物で心がときめく物であれば残せばいいし、あまりときめきがなかったら「今までありがとう」の言葉を添えて捨てればいいというのです。   
捨てる物に対する罪悪感があるから捨てられない、でも『今まで有り難う』という感謝の気持ちを込めて捨てると踏ん切りがつくようです。  
  
この春、自分の持っている衣類を全部出して、ときめくか、ときめかないか  
仕分けしてみようと思っています。  
感謝の気持ちを添えて捨てる。 なんとも日本人らしい発想で良いですね。  
「おもてなしの精神」にしても「ありがとうの言葉」にしても外国の人がお手本にするなんて日本って本当にいい国ですね。【都わすれ】  
  
  
若い頃はストレッチしても何の効き目も感じなかった。 
40代の頃から肩、腰、膝、足が次々痛くなりだした。 
医者に行っても「様子を見ましょう」と貼り薬を処方されるだけで、直ぐに治る事はなかったが貼り薬が効いていたのかいつの間にか 治っていた。
その繰り返しで今日まで来ている。

「体は騙し騙し使わないとね」と人生の先輩が言われたが、その意味が充分判る歳になった。
ある時、腕を上に上げてみた。肘が曲がって真っ直ぐには上がらないが思いのほか気持ちがいい。
今度は体を横に反らしてみた。脇腹が気持ちいい。引っ張られる軽い痛みがあって伸びる実感があった。
いわゆる「痛気持ちイイ」感覚だ。これがストレッチに目覚めた切っ掛けとなった。

それからと言うもの自分なりに気持ちのいい処を探しては、伸ばしたり曲げたり廻したりしている。
特に股関節を伸ばす運動は念を入れてストレッチする。股関節を折って歩けなくなった人の話や、人工骨を入れている人の話を聞く。
歩けなくなったら一大事である。自分一人の問題ではなく、家族にも 迷惑が掛かる。転ばぬ先のストレッチである。
肩凝りなどは肩甲骨を柔らかくするといいそうだ。足を肩幅に開いて後ろで手を組み、肩甲骨を引き寄せたり緩めたり4~5回繰り返す。 
だるい様な伸びるような感じだ。そのまま前屈をして腕を上げる。肩甲骨から肩までグリグリ心地よく伸びるのがわかる。
   
先日、公園の滑り台の手すりが「肩甲骨体操」に格好の道具である事を発見した。 
手すりを両手でつかみ、腕立て伏せの要領で体を沈めていく。腕力が無くてもそれなりの負荷が掛かってとても気持ちがいい。
隣の高い手すりはぶら下がりに丁度いい。足は地面に付くが膝を曲げれば効果は期待できる。
試行錯誤しながら、楽しみながらのストレッチは誠に心地いい。
色々取り混ぜて15分~20分動かす。体が軽くなって背筋をピンと伸ばすと、身長が1センチ伸びたような気がする。
足取りも軽やかになる。飽き性の私が何ヶ月も続いているのは、ストレッチを終えた後の爽快感がたまらなくいいからだろう。

一つの動作は5回と決めている。
回数の少ないのもいいのかもしれない。
そして人に強制されるのではなく、自分のしたい事をしたいようにする事が長続きするコツかもしれない。
完全なる「我流ストレッチ」である。 それでも効き目は確かにある。
貼り薬をしていた右肩が、いつの間にか貼るのを忘れているし、気が付けば痛みは無くなっている。
ストレッチの最後は「あべこべ体操」で締めくくる。この体操が中々の優れもので私と相性がいい。が、しかしである。
日々ストレッチをしていても新しく痛いところは出てくる。
ストレッチだけで全ての痛みが治る訳ではないが、終わった後の爽快感だけでも幸せの瞬間である。

最近は痛いところが出てくると「よ~しどうして治してやろうか」等と、挑戦する意欲が湧いてくるようになった。
痛いところと向き合い仲良く付き合っていく事が歳相応と言う所だろうか。
大袈裟に言えば「挑戦すること」これが、今の私の楽しみでもある。細々でも毎日続けていこうと思っている。【都忘れ】

【写真:あいち健康の森公園】 この公園はブログ管理者が住んでいる近所にあり、毎朝の散歩コース(8.5km)に入っている。
広大な土地の園内には、子供向けにはジャングルジムや滑り台などがあり、大人向けには体力測定用の器具やストレッチ器具類が数箇所に設置されている。【ブログ管理者】


【愛される日本 2/2】
太平洋戦争の頃の話である。
インドネシアは350年も長きに亘って、オランダの植民地として支配され占領されていた。
その生活は家畜以下とも思われるほど、劣悪極まりなかった。
第二次世界大戦中、今度は日本軍が侵攻してきた。

「今度は日本軍に虐(しいたげる)げられるのか」と、インドネシア人は思った。
しかし、日本軍は違っていた。
「私たちは占領しに来たのではありません」
「皆さんはインドネシアの国に誇りを持ってください」
「私たちは技術の全てを教えます」
「どうか豊かな国を自分達の力で作ってください」
この言葉通り、今まで幽閉されていた政治犯の釈放(スカルノなど)、学校の建設、農作物の作り方の指導等々に力を入れた。
半信半疑で見ていた現地住民も、日本兵に対する見方が次第に信じられるようになってきた。
自由独立の為の『民族軍』も日本兵の協力で結成した。

『ここまで我々の国の事を考えてくれている。』 と、日本兵に対する見方が、スッカリ変わっていったのは言うまでもない。
こうしてお互いの固い信頼関係が築かれていった。

ところが1945年。我々が誕生した年である。日本は敗戦した。そして日本軍は撤退して行った。
再びインドネシアは、オランダの統治下に......。
『今こそ日本人に教えてもらったインドネシア人の誇りと自由の為に独立しよう』
日本の軍隊に教えられた戦争の作戦が、今こそ生かされる時である。
その時2000名以上の日本人兵士が、インドネシア独立の為に帰還を断念して残ったのである。
4年半にも及ぶ長い苦しい戦争は、多くの犠牲者を出し1949年に終結しインドネシアは独立した。
この日本兵の力がなかったら、独立は遅れていたかもしれない。 番組はこう結んでいた。

*インターネットで『他国が日本を愛する理由』をクリックしてください。他にも色々出ています   
こんな番組を見ると心温まります。
*現地に残った日本兵の数は千人とも二千人とも言われています。ハッキリ判りません。【匿名希望】

【写真】記事にマッチする写真がありませんので、PCの壁紙から『竹林』の写真にしました。
日本人の伝統的な技術(竹壁)に安らぎを感じませんか。【管理者】

                    
【愛される日本 1/2】 
インドネシアで「世界に最も良い影響を与えてくれている国は?」との質問に、85パーセントの人が「日本」と答えたと言う。
『それは何故?....』だいぶ前のテレビで、世界の村にたった一人で住む『日本人に逢いに行く』と言う番組を見た。
インドネシアの奥地の村に、たった一人の日本人がいるらしいとのことで、女性レポーターが訪ねたのは90歳代の元日本兵であった。
家庭を持ち広大な畑を開拓して、今は家族と共に静かに暮らしていた。

戦後になっても帰還しなかった日本兵がいた事は知っていたが、現地に恋人が出来て帰国しなかっただけだろうと思っていた。
しかし、そうではなかったと判った時の衝撃と温かな人間愛、そして厳しい現実があった事に複雑な思いがした。
たった一人の日本人は、穏やかな好々爺で戦争で片腕をなくしていた。 この広い農場も片腕で切り開いたと言う。ずっと向こうまで我が家の畑ですと指を差した。
祖国を捨ててまで、ここに留まった理由は何だろう.....。
「戦争当時現地住民は、我々にとても良くしてくれたんですよ」 
「あれが欲しいと言えばすぐ持ってきてくれる」
「あれが無いと言えばすぐに調達してくれる」
「それは本当に良くしてくれました」と、その元日本兵は話す。

終戦になってインドネシアは、再びオランダに統治されました。
彼らはオランダに戦争を仕掛け独立戦争に立ち上がりました。
私たちも今まで良くして貰ったインドネシアの人たちの為に、残って戦いました。 1000人位の兵隊が残ったでしょうか?独立の為に4年ほど戦いましたね。
(本当は4年5ヶ月だったらしい。太平洋戦争が終わると同時に、独立戦争に加わった信念の凄さに言葉も無い。)

インドネシアは1949年独立しました。 あれから60年以上経つというのに、祖国を捨てると決意した信念は固く一度も日本に帰っていない。
若き頃父母の待つ日本への望郷の念は如何ばかりだっただろう。あの頃1000人程いた日本兵は、高齢も加わって今ではたった一人になったという。
その喋りはとても90歳代には思えない滑らかさで、当時の事を淡々と語ってくれた。 これ程の日本人が居たんだと感銘を受けた話だった。
傍らで日本の童謡を歌う孫の姿があった。おじいちゃんの歌う歌を覚えたと言う。【匿名希望】



桜の満開の季節となった。
奈良県の吉野山は桜の名所として知られている。
その花の種類は「ソメイヨシノである」と譲らない彼女と、吉野山の桜は「山桜よ」と主張する私.....。
大概の人は「ソメイヨシノ」だと頭から思い込んでいるようで、それを覆す術を私は持ち合わせていない。
「そうかなぁ~」と言ってやんわり引き下がった。 
いずれ判る時が来るだろう。いや花の種類なんて判っても判らなくても別に構わない。綺麗な花だと感じればそれでいいと思う。

むかし吉野山に行った事がある。
山に登るのにロープウェイもあるが、緩やかな坂道を登ることにした。
桜は中千本(なかせんぼん)と呼ばれる、中腹が見ごろであった。
最初に目に付いた看板が面白かった。
それは『ようお越し 桜を 切に』と書かれてあった。
『ようお越し』と言うのは「良くお越しくださいました」の意味。 
その後が『桜を切りに』とは何ということか??? 何のことはない「大切に」と書かれていた木の板の「大」の字が取れて無くなっていただけのことである。
『ようお越し 桜を大切に』である。
こんな事を何時までも覚えているものである。 まぁ凄い人出だった。
中腹には土産物屋さんが立ち並び骨董なども売られていた。 勿論「吉野葛」もある。名前の通り此の地の名産で葛きりや葛餅などは高級品である。 
 


金峯山寺と言う大きなお寺があった。
定かではないが確か黒い大きな鳥居もあったような気がする。
山の峰から谷から真っ白い雲のように桜が満開であった。私たちはゆっくり登って行った桜の下で花見の人たちがお弁当を広げていた。
私たちも隙間を確保してやっと腰を下ろした。 見上げれば山桜の花が青空にくっきりと満開に咲いている。
手の届きそうなところに薄紅の葉と白い花が見事に咲いていた。
この時初めて山桜を丹念に見たような気がする。
「何と美しいのだろう」

「薄紅に葉はいち早く萌えいでて咲かんとすなり山桜花」
確か郷土の歌人、若山牧水の歌だったと思うが、この短歌を思いながら眺めた記憶がある。
その日はとても天気が良くて春の陽差しが優しく、まどろんでしまいそうだった。
少し下の土手に若い男女が気持ち良さそうにぐっすり眠っていた。
暖かな陽差しに包まれて寝ている様子は羨ましかった。
満開の桜を眺めながら吉野山の桜を思った。
吉野の桜はもう少し遅い開花になるだろう。【匿名希望】 

【吉野山千本桜の動画は下記の YouTube でお楽しみ下さい】
http://www.youtube.com/watch?v=D8jo4PtUOv0
   
【写真】前日と同じ団地内公園の桜に差し替えました。昼と夜では随分雰囲気が変わります。【K-正人】
  



なぞなぞでもいかが?! 柔軟な頭であるために、平生から笑いの種を蒔こうではないかと思っている。
社会の戦力からリタイヤした我々にとっては、闇雲に頑張る必要もない。 
たとえ頑張ってみたところで、所詮は『年寄りの冷や水』で『骨折り損のくたびれ儲け』が関の山である。

ならば、取り柄の無い馬鹿話でもして、笑って過ごした方が得策である。
笑って過ごしても、泣いて過ごしても、一日は一日24時間である。 
笑いは病気を癒す働きがあることは、学会でも実証済みである。

そこで小学生並みの柔軟な頭脳になるために、なぞなぞで遊んで笑ってみよう。
【Q1】 空気は気体 水は液体 ならば、ケーキは何たい?
【Q2】 氷が解けたら何になる?
【Q3】 何でも食べさせてくれるお店がある。そこで鰻重を注文した。
    さて此のお店は何屋さん?

【答え1】 ケーキは食べ【たい】
【答え2】 氷が解けたら【春】になる
【答え3】 鰻重は『養殖』ウナギだから【 洋食屋さん】

な~~んだ馬鹿馬鹿しい......その馬鹿馬鹿しさ加減が良いと言うのだが本当かどうか? 【匿名希望さん】

【写真】日本列島を北上する桜前線もようやく名古屋に到着.....。満開を迎えた団地内公園の桜。朝の暗いうちに撮影。【管理人】

 

冬季オリンピックも終わりに近づいてきた。 
全国民の金メダルの期待を一身に背負って、真央ちゃんは信じられないショート16位スタートとなった。
まさかまさかの高得点を得られるジャンプの不調、想像を絶する重圧に心と体が噛み合わなかったのだろう。
大きな期待が真央ちゃんを潰しているようにみえた。

『出来る事なら消えてしまいたい』と思ったかもしれない。
16位になった時点でメダルの可能性は消えてしまった。 
翌日のフリーは大丈夫だろうか?一日で立て直すことが出来るだろうか?果たして跳ぶ事が出来るのだろうか? 
真央ちゃんの失敗する姿が頭をよぎる。何としてでも成功してほしい。



そしてフリー当日.....。
「固くなってる」「しっかりして・・」「開き直って楽しむつもりで滑って・・」と祈る気持ちの中、時間は刻々と迫りブルーのコスチュームの真央ちゃんが、満場の万来の拍手に迎えられてリンクに登場した。
やがて静かに滑り出した「頑張って・・」固唾を呑んで見守る観客の前で真央ちゃんは、信じられないくらいの正確さで全てのジャンプを完全に跳びきった。
そして完璧な完全な滑りを見せてくれた。
まさしくこれが「真央ちゃんの本当の姿・・」
「ショートで見せたあの姿は真央ちゃんではない。
これが本当の真央ちゃんなのだ」完璧に滑りきった真央ちゃんの本当の姿が全世界に発信された。 

世界中の人々が感動の拍手を送ったに違いない。 ジャンプ成功の度に歓声が湧きあがり、伸びやかに舞う4分間は短く感じられた。
「完全燃焼」真央ちゃんは滑りきった。
「おめでとう」 結果は「6位」メダルは取れなかったが、素晴らしい精神力と技術は金メダルにも劣らぬ価値があると思った。
そして、世界の人々に感動を与えた。 全力を出し切って納得のいく演技をした、真央ちゃんの笑顔は「金」よりもプラチナのように輝いていた。

金メダルより素晴らしい感動があることを私たちは知った。
「世界の真央ちゃん」はレジェンドになるかもしれない。
「素晴らしい感動を有り難う」もし金メダルよりも高い位置に感動の「プラチナメダル」と言うのがあるとすればまさしくそれである。



今回のオリンピックで何回も聞かれた言葉は「感謝」である。
過酷な練習と経済的な負担、そして周りの人たちの応援に対して、物凄く感謝している姿が各選手の口から発せられた。
相手に対する感謝の気持ちは、相手に対する思いやりもはぐくまれている。そうした若者たちが将来の日本を担ってくれる。

日本「まんざらでもないな」ソチオリンピックは、悲喜こもごもさまざまなドラマを見せてくれた。 色んな競技を通して楽しませてくれた。
参加した全選手の皆さん感動を有り難う。 感動を与えてくれた選手の皆さんお疲れ様でした。 本当に沢山の感動を有り難う!! 
それぞれの皆さんが「プラチナメダルだよ」と感謝しながらソチオリンピックの終わりを惜しんでいます。

【写真】NHKテレビから、携帯電話のカメラで撮影。【管理人】


顔チッチャイ。スリムボディ。イケメンと言うより可愛い感じ。
長い手、長い足、しなやかな淀みの無い滑り。安定したジャンプ。 
嗚呼~どれをとっても申し分の無い「羽生結弦」。
でも決勝ではヒヤヒヤした。

彼の出身地宮城県は女子フィギュアで金メダルを取った、荒川静香選手もいる。同じスケート場で練習したそうだ。
今回の決勝戦の順番も「21番」荒川静香選手が、金メダルを取った時と同じ順番の番号だった。
金メダルに引き寄せられるような因縁を私は感じた。
しかし、緊張の中で始まった4回転ジャンプはまさかの転倒。
そしてトリプルの失敗・・思わずアア~と息を呑んだ。
誰もがメダルを逃したと思っただろう。
勿論本人も・・ しかし羽生選手は頑張った。
後半のジャンプは全て成功して念願の金メダルを勝ち取った。

アメリカでは新聞に大きく取り上げて賞賛していたが、ロシアは「転びまくった金メダル」と酷評していたらしい。
ロシアの金メダル候補プルシェンコが欠場したから悔しかったのかもしれない。

彼は『東北の大震災復興の為に自分に出来る事をこれからスケートを通してやって行きたい。』 と述べている。
震災の復興を何度も口にしていたが、彼自身家が倒壊して仮設住宅に住んだそうである。
震災の恐ろしさ、復興の難しさを身をもって体験してるからこそ、彼の言葉には重みがある。
爽やかな笑顔と、しっかりした受け答え、一見優しそうに見えるが中々芯のしっかりした若者である。
羽生選手有り難う。君の爽やかな金メダルに勇気と元気を貰いました。
これからも益々頑張って下さい。礼儀正しい姿勢は日本人の誇りです。何時までも応援します。

【写真】羽生結弦選手の金メダル獲得インタビュー時の放送を録画。
ビデオ再生画像を静止させて、携帯電話のカメラで撮影。【管理人】



東京都知事選挙には50億円の選挙費用が掛かり、大阪市長選挙には6億円の費用が掛かると言われている。
これらの選挙費用は、総て国民の『血税(税金)』で賄われていることは周知の通りである。

東京都知事選挙は、1年前に石原都知事が衆議院に鞍替えしたことにより50億円。そして今回の猪瀬都知事の不祥事により50億円。
この二人の都知事が、任期満了まで真面目に静かに勤めれば、都知事選挙に掛かった費用100億円は使用しなくて済んだはずである。
これに呼応するかのように4日、橋下大阪市長は「大阪都構想が実現しそうにない....」という理由だけで、出直し市長選挙に打って出た。
 
この1年の間に東京と大阪で106億円という『無駄な選挙費用』が使用されることになる。
これらは総て、彼らの私議と身勝手な都合が引き金になっている。
首長選挙を私物化していると言っても過言ではない。このように『首長の特権(権限)』を乱用する彼らには、何らかのペナルティを課すべきではないだろうか。

当選したということは『任期満了まで勤める』ことを選挙民と契約(約束)した筈である。
彼らは任期満了を待たずに、職場(職務・職権)放棄したことになる。
つまり『契約違反』したことになるので、彼らには違約金を支払わせるような責務を負わせるべきである。
その金額は、任期満了まで勤めた場合の給与を算出して、その給与の全額(又は半額)を違約金として課すことにしたら少しは自嘲するかも知れない。

今回の大阪市長出直し選挙で、自民・民主・公明党などが対立候補を出さないことに、橋下徹氏が怒りをあらわにしていたが、あれは納得できない言動である。
主要な政党が対立候補を擁立しないことで、橋下徹氏へ抗議し本人に猛省を促す絶好の機会だったのに、共産党だけが対立候補を擁立するという。
この共産党が対立候補を出さなければ、無投票当選となり選挙費用6億円の税金が浮く勘定になるはずだった。

無投票当選を実現させ、橋下徹氏へ『これが大阪市民の本音だ!』と民意を突きつけるべき絶好のチャンスだったのに....6億円を無駄遣いする羽目になった。
対立候補が1名だけでは、橋下徹氏の当選は間違いないようだ。
しかし、彼を取り巻く環境(県議と市議の数・組織)は、全く改善されないのである。
これで完全に『大阪都構想』は、頓挫することになるだろう.....。
橋下徹氏は「都構想が頓挫したときは、政治の世界から手を引く!」と公言しているようだがホントかな?
世間を混乱させ、無駄な税金を遣って「都構想は失敗しました。ハイ!さようなら。」では無責任すぎないか?

しかしながら、大阪都構想は間違いではないようだ。現在、大阪府と大阪市が行っている2重行政を一元化することによって、4000億円の成果を上げられる....と橋下前市長は力説している。
一方、専門家の試算ではその成果は1000億円弱といわれているが、その実態は分からない。大阪都構想が実現すると、議員先生や職員(公務員達)がリストラされることになり『総論では賛成するが極論では反対!』などという抵抗勢力は、ますます肥大化するであろう.....。
大阪都構想が実現するには時間がかかりそうだ。【天邪鬼2号】

【写真:主人不在となった大阪市役所】



ぶりっ子の彼女は相変わらず元気だが、先日まで全く元気が無かった。
「何でも ある人にひどく傷つけられたから」.....と。
内容は聞かなかったが「ひょっとしてイニシャル○の人でしょ?」
と言うと「そうそう」と一瞬『理解者を得た!』と言うような表情になった。
「気にしないほうがいいわよ 皆思ってることは一緒なんだから」

そんな話をして暫くして会ったとき、スッカリ元気になっていた。
その彼女が教えてくれた。
「あのね 耳をね包むようにつまんでマッサージをするの もの凄くいいわよ」
「耳には沢山の神経が集まってるらしいのね だから顔の表情も美人になるんだって......」
「そう!だから貴女綺麗なのね」
「うっそ~~ 嬉しい~~」とニッコリ!!
彼女の話を聞いて私も試してみた。
確かに肩も軽くなったような気がした。

顔については判らないから、今度皆さんとお会いした時の判定に持ち越したいと思います(笑)。
耳をマッサージするだけで色んな効能がある........。
正に耳よりの話である。【都 忘れ】

  ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

【お詫び】 去る1月14日の朝から、ブログ『サキヒットベー♪』のコメントが、閲覧できなくなってしまいました。
これは『忍者ブログ』本体の不具合が原因だと思われますが、今朝からコメント閲覧機能だけは回復しました。
しかし、現在でも『ブログ管理画面』は、レイアウトが崩れたままの状態ですので、ブログ記事編集には時間が掛かります。
上記の『都忘れ』さんの記事は16日にコメント欄に記入・投稿されたものです。 ブログへの記載が遅れてしまいました。【K-正人】



金曜の夜の番組「金スマ」を何気なく見たのがストレッチに興味を持つきっかけになった。
「あべこべ体操」と言うもので30秒で首、肩のコリが和らぐと言う正に眉唾ものの触れ込みである。 
運動神経の余り良くなさそうな、被験者の「室井佑月」のぎこちない姿を見ていると此方が肩が凝りそうである。

それは簡単な3つの形を5回づつするだけだという。
「ほんとうに???」俄かには信じがたい、眉唾だろう。
「イヤ本当に何十年来の肩凝りが良くなったんです。」舌っ足らずの語り方をする室井が口を尖がらせて良くなった事を力説している。

私も「物は試し」と思って首をぐるっと廻してみた。
ジェジェジェである。
「此れはナンチュぅーコツじゃろかい。」
右に一回りする間に
「ポキ ポキ」「ポキ ポキ」3~4箇所で音が鳴る。
左に回しても
「コキッ ポキッ」と同じように鳴っている。突っ張る感じもある。
首を回さなければ痛くもないし音もしないので気が付かなかった。
でもこの音は正常ではない。
所々で突っ張る感じと「ポキ! ポキ! コキッ! パキッ!」と鳴るのはヤッパリおかしい。隠れ肩凝りかもしれない。
「ドゲンカ セントイカン」状態かも知れない。

ネットで調べてみた。ユーチューブの動画にでてるではないか。 
いい世の中になったものである。調べたいものがすぐ判る。
それから毎日ストレッチをしている。
成果の方法は次のようにして確認する。
ストレッチ前に頭を上に上げて天井を見るどの位置まで見えるか確認して覚えておき、ストレッチが終わって同じ事をして、上を見ると随分奥くまで見える。
目に見えた効果がでて来ると楽しくなってきた。
昨日より今日、今日より明日と日に日に「ポキッ!コキッ!」が少なくなるのがわかる。
毎日3~4回している。  

思いついたときに短い時間で場所を選ばず出来るので、飽き性の私でも3週間も続いている。ポキッ!パキッ!は無くなった。
驚きのほぼ全快である。
歳を重ねるごとに体力が落ちるのは仕方がないし、あちこちに「がた」が来るのも仕方が無い。でも手軽なストレッチで改善されるならこんないいことは無い。

ネットで検索してみると他にも腰痛から背中の痛みから色んなストレッチが無料で載っている。ありがたいことである。
健康の有難さを感じた年の瀬である。今年の一文字はと言うなら健康の「健」健やかにと言うことかな・・・【都忘れ】

【写真:ブログ管理者の健康器具】
尚「あべこべ体操」は、下記URLで見ることが出来ます。
http://video.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E3%81%82%E3%81%B9%E3%81%93%E3%81%B9%E4%BD%93%E6%93%8D
 



『私はご飯の前に一口食べると「うまいなぁ~~」と小さく言うようにしている。
まずいものでも「うまいな~」と言うとそう思えてくるのである。
そして半分は家内に対しての感謝である。
色々工夫して作ってくれる妻に対しての感謝の気持ちである。
一口食べて「塩が辛いの、味が薄いの」などといったら妻は不愉快に思うだろう。そして私も不愉快になる。』
。。。。。。。。。。

チャンネルを変えた途端に、初老の穏やかなナレーションが聞こえてきました。 番組はすでに終わるところでした。
その前にどんな話があったのか気になるところですが、何とも言えない温かな人間味のあるナレーションが一層番組に引き付けました。

「何事も良い方に考えると良い方向に行くし、悪い方に考えると悪い方向に行く」と.....。 お爺ちゃんがひと言、ひと言、優しい口調で話をするとジンワリ胸に響きます。
素直に「そうだなぁ~」と思いましたが、私はどうも思うだけに終わりそうです。
も一度見たい番組です。土曜日の夜『BSーNHK』だったかな?

イラストが又良い。
お爺ちゃんとお婆ちゃんの語らいの場面でした。 
お婆ちゃんは口に手を当てて下向き加減に可笑しそうに笑っている。
お爺ちゃんは大きな口を開けて愉快そうに上を向いて笑っている
縁側でのひとコマのようです。
 
お爺ちゃんとお婆ちゃん、 何が可笑しくてそんなに笑っているのでしょうか。
無条件に此方まで笑ってしまいます。
なんともほのぼのした絵です。
どんな人が描かれたのでしょう。
ほのぼの気分にさせてくれた話と、ほんわかイラストがマッチしたほんわか番組の断片でした。【都忘れ】

【写真:花を食べる...花オクラ】みどりのカーテン・ゴーヤに主役を取られ片隅に押されっぱなしで、遠慮がちに花を咲かせました。【管理人】

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【鉄人28号】 「ガァオー」 先日これを見に行ってきた。
新長田の駅からビルを一つ曲がったすぐの所に堂々と立っていた。
中国からの観光客と思われるカップルが、場所を変えポーズを変えながら楽しそうに写真を撮っていた。

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長田といえば阪神大震災のとき物凄い被害を受けた場所である。
商店街のアーケードがまるで爆撃を受けたように焼け焦げていた事を思い出した。
そのアーケードも今は見違えるほど美しくなっていたが人影は少なく、かつて賑わっていた人たちは何処に行ったのだろうか。
兎に角この「鉄人28号」は度肝を抜くほど巨大である。
ポーズも又良い。見てるだけで元気が湧いてくる。
震災の復興から飛躍のシンボルとして作られたが、この力強い勇姿に元気を貰い、私たちも老体に鞭打って梅雨明けからの超猛暑の夏を乗り切ろうでは有りませんか。

【鉄人28号】 ・鉄骨構造 ・仕上げ素材:耐候性鋼板 ・直立時設定:18メートル(高さ15メートル30センチ))・総重量:50トン ・胴囲20メートル ・足の長さ:4メートル ・顔の長さ:2.2メートル・こぶしの大きさ:直径1.7メートル ・部品:230個

*神戸出身の漫画家で新長田にゆかりの深い横山光輝(よこやまみつてる)さんの作品の魅力でまちを盛り上げようと、地元商店街などが中心となってNPO法人「神戸鉄人プロジェクト」を立ち上げ、震災復興と地域活性化のシンボルとしての期待を託して作られたものです。復興から飛躍へ まちのシンボル 鉄人28号!

【横山光輝の代表作:『鉄人28号』『伊賀の影丸』『仮面の忍者 赤影』『魔法使いサリー』『コメットさん』『バビル2世』『三国志』等多数。長年にわたり幅広いジャンルで活躍し、手塚治虫、石ノ森章太郎などと並び称された漫画界の巨匠の一人である。】
ホームページを開きますと迫力のある写真が数々あります。

 

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